
ウェブサイトにようこそ!「Oriental Style」は古代中国文明を紹介するものです。他のサイトと違うところは、古代中国人の精神に重点をおいている点です。サイトの文章を読めば、東洋人の考え方を理解していただけるでしょう。さらに、基本的な人文主義は洋の東西を問わず、調和するものであり、決して対立するものではないことがおわかりいただけるでしょう。
およそ4300年前、黄河中流の東洋の平原を、偉大な指導者炎帝と黄帝による部族同盟が大きな国として治めていた。その国は「華」、つまり花、そして美しさをあらわす名がつけられた。紀元前21世紀、治水で功績を収めた禹の息子、啓が夏王国を開いた。その頃から華は「夏」、つまり「偉大な」と名づけられた。やがてこの国は「華夏」として知られるようになった。華夏の人々は自分たちの国を誇らしく思っており、自ら「中心となる国」、と名乗り、西洋では「China」と呼ばれるようになった。紀元前206年に興った前漢は世界でも有数の強大な国となった。他国は華夏を「漢」と呼んだ。そのため、華夏は漢として名を知られるようになったのである―――歴史上、古代ギリシャが自らをヘラス「Hellas」と呼んだのに対し、ローマ人がギリシャ「Greece」と呼んだのと同じように。